国際農業者教育シンポジウム

国際農業者教育シンポジウム

 農業者大学校同窓会では、平成18年1月21日に、未来の農業者のあるべき姿・教育について議論を深める機会として、国際農業者教育シンポジウムを開催しました。
このシンポジウムは、國立韓國農業專門學校の林承逹学長はじめとして海外から講師・パネラーを招聘し、幅広くアジアを中心とした国内外の農業者の教育につ いても議論をすすめつつ、日本の農業者の教育・育成についてどうあるべきかを議論しました。

国際農業者教育シンポジウムパネルディスカッションの概要

佛田(司会)
 時間がまいりましたので、ただいまからパネルディスカッションを始めさせていただきます。
 座長を務めさせていただきます同窓会長の佛田です。
 本日は「明日を拓く農業人教育とは」という大きなテーマを掲げていますが、座長として解題させていただきます。
 今回のシンポジウムにおいて、なぜ我々がこのテーマを掲げたかと言うことです。日々新聞・テレビ等で農業に関する情報を得ていると思いますが、農業がい まどのような状況に置かれているのかについて、皆様生活者として感じ取っておられると思います。また、日本の農業をどのように切り開いていこうかと考えて いる農業者大学校同窓会の立場に立ってみれば、日本の国家の中にあって、農業とはそもそもどうあるべきことなのかということを考えなければならないと思い ます。
 その時に、農業を行うのは一体誰なのか、ここでは農業人という表現をさせていただきましたが、農業人がどのように農業に携わり、また、どのような生き方を地域や社会の中でしていくべきなのか。
そのような中で、農業者大学校はどのような教育を実践しどのような成果を上げてきたのか。また、今後独立行政法人農業者大学校としては廃止され、つくば市 にある農研機構に統合される中にあって、日本の先端的な農業者教育をどのように考えるべきかということについて、本日のシンポジウムで話をしていけたらい いなと思っています。
 それでは、本日のパネリストについてご紹介いたします。
 先ず国立韓国農業専門学校の学長であります林(リム)先生です。
 このリストの中には津野幸人先生がご出席いただくようなっておりましたが、羽田空港で着陸できず松山空港に帰られました。大変残念でございますが、座長 解題に基づいてペーパーを書いていただくと言うことで、後ほど届きましたらご紹介させていただきます。
 次に、農林水産省普及・女性課長の吉本さんです。
 農業者大学校の卒業生を代表して、4期生の渡辺さんです。
 それから、林学長の通訳として椛山先生です。
 先ほど基調講演をしていただきました徐(ソ)先生にもパネリストに加わっていただきます。
 それでは、自己紹介を兼ねて、そもそも皆さんがお考えである農業とはどのようなものであるか、どうあるべきかについて一言ずつお願いします。

林学長
 35年間という伝統のある農業者大学校同窓会からお招きいただき、深く感謝いたします。
 農業者大学校は私たちの学校を作る時、ベンチマーキングして色々教えていただきましたが、その農業者大学校と一緒に農業者教育についてシンポジウムでお話ができ、すごくうれしいです。
 本日のテーマである農業者教育については、農業者が減少し高齢化している中で、農業後継者を養成する、非常に意味のあることだと思います。
 なぜかというと、すばらしい農業技術があっても現場で努める人がいなければなにもならないからです。
 特に国際化した社会の中で、技術力のある者の育成は大事なことです。
 私は地域社会開発の専門なので、農業のことを詳しくお話しするのは難しいと思いますが、農業は食糧安保のために国家産業として進めていかなければならな いと思います。特に、人間が生きていく上で最も大事なものだと思います。
 韓国での農業は、国土の1/2を占めていて自然を守れる産業なので、非常に大事な産業として考えられています。
 
吉本課長
 農林水産省普及・女性課長の吉本です。
 本日は、同窓会のシンポジウムということで多くの方にご参加いただき、皆様と農業者教育について考えていく機会を与えていただき、ありがとうございます。
 普及・女性課は、農林水産省の中で、農業に関する研修・教育、また新規就農対策等を担当しています。
 農林水産省としましても昨年3月に、今後の政策推進の指針となる新たな食料・農業・農村基本計画を作りました。その中で、自給率向上の問題、食の安全・ 安心の問題とともに、国際化の中で強い農業づくり、強い担い手づくりの方向性を打ち出しました。そうした方向に農業・農村を持っていくためには、それを担 う人づくりが大事だと考えています。人づくりというものは一朝一夕にできず、また目に見える成果を出すのが難しいと痛感していますが、継続的に努力してい くことを止めたら前に進むことはできなくなってしまいますので、そういう風にとらえて研修教育をやっています。
 農業は、人の命、健康、自然環境を整えるものだと思っています。農業はそういう産業であり、それが家族、地域の中でいわば世襲的な形で行われてきまし た。農家の長男であれば当たり前のこととして担ってきたと思いますが、戦後高度成長の中で状況が変わり、人が都会にどんどん出て行きました。改めて農業と はどういう意味があるのか問われていると思いますが、食ということでの国家的意味、自然環境ということについての意味は変わりはなく、再認識していかなけ ればならないと思います。
 ただ、それを担う人が農家に生まれた人だけでは担っていけないと思いますので、そこに必要な人材を確保し育て上げられるようにしていく必要があると思います。

渡辺さん
 農業者大学校卒業生の中には優秀な先輩や後輩がたくさんいるのに、私がここに座っているのはふさわしくないと思いますが、せっかくの機会を与えていただ きましたので、私の主観が多く入ると思いますが、よろしくお願いいたします。
 まず、私は農家の長男ですが中学校を卒業する時は絶対に農業はいやだと思っていて、徳島県の普通高校を受験しましたが失敗したので、高知県の農業高校に 入りました。絶対農業はやらないつもりで通っていましたが、卒業する頃にはみごとに洗脳されました。
 農業は自由でやり方によれば儲かるという教育を受け、父親は大学に行っても良いと行ってくれましたが振り切って3年間農業をやりました。
 しかし、農業高校で習ったことと現実が違い、なぜ違うのかもっと勉強したくなり、農業者大学校に入学しました。
 農業者大学校卒業時にはどんな気持ちで地元に帰ったかというと、四季折々の花に囲まれて心豊かな人生を送る。それが一番いいところだと思いましたし、心 新たに地元に帰って農業をやることができました。今もその気持ちは変わっていませんし、その気持ちで農業を続けております。
 
佛田
 一通り発言いただきましたが、津野先生からFAXが届いていますので、順序が逆になるかもしれませんが、ご紹介いたします。

津野先生(佛田代読)
 本日、シンポジウムで皆様にお目にかかれることを楽しみにいたしておりました。
残念ながら降雪のために飛行機が羽田空港に着陸できず、後ろ髪を引かれる想いを乗せて松山空港へ引き返しました。せめてコメントだけでもお届けしたいと存じまして、代読をお願いいたしました。
 農業者大学校とは30年以上の長いお付き合いで、卒業生の活躍ぶりを絶えず注目してきました。結論として言えるのは、農政の意図する農業近代化の優等生 は少ないと思います。つまり、近所の農家を食いつぶして規模拡大を実現するよりも、それぞれの環境に適応した営農形態にたどりつき、「普通の人」としての 活路を発見しております。
 現在、この「普通の人」に徹することこそが貴重な行動であります。これは、あらゆる権威を自分のレベルまで引きおろして、自由な思考で、自分の尺度で評 価するという極めて不羈(ふき(注))不屈の精神に裏打ちされているのです。一見、不遜とも見られるこの精神は、試験地獄のない完全営農就職の保障という 特権的な身分と、宿舎における友人との対話の産物であろうと思います。「学問の講義」という形態が「サラリーマンを見限った自由人」の前では如何に無力な ものであるかを、如実に私に教えてくれたのが農業者大学校でありました。甚だ残念ではありますが、このような学校は二度とわが国には再現できない情勢にあ ると思われます。
 このシンポジウムでは、「農業者のあり方」が論議されるでありましょう。私は、大学退職後の5年間をアメリカの稲作と付き合いました。ことに、ミシシッ ピー川流域のバイブル地帯に住む清教徒の農民から大きなインパクトを受けました。
 彼らは「禁酒、禁煙、質素」を実行し、教会活動が娯楽となっておりました。「我々農民はアメリカ社会の錨(アンカー)だ。」と自負しております。彼らを 手放しで賛美するわけではありませんが、農業者にはこうした役割が自ずと備わっているのではないでしょうか。農業は自らの内面に潜む高貴な精神を、生物生 産に託して外界に開示しうるところの行動であります。
 幕末の話になりますが、私の住む松山藩は幕府親藩として第2次長州征伐に参加しました。瀬戸内海の大島に進出するや否や、武士は婦女暴行と略奪をやりま した。このため、維新後に15万両の金を明治政府に払って藩主の罪を免れました。この金は農民が負担したのです。人間の内面に潜む悪魔性をどのように抑制 していくか。この分野にも生命倫理に裏打ちされた農業者の果たす役割があると信じます。
 明日を拓く農業とは、現在の反省の上にたって明日の理想を描き、それを実現することだと思います。現在の農村環境を冷静に点検しましょう。まさに近代的 農業技術によって破壊し尽くされております。子孫に清浄な環境を伝える。そして、道義ある平和な社会を築く。ここに明日の農業は焦点を絞らなければならな いと思います。
 シンポジウムのご成功を祈念いたします。                   津野幸人
(注)不羈:しばりつけられないこと。おさえつけにくいこと。

佛田
 皆様や津野先生のお話しにもありましたが、農業はどのようなものであるべきかを踏まえた上で、農業にとって、また、社会にとって農業者はどうあるべきなのか、どのような役割を果たすべきか。
農業者にとって見れば、自分とはなんなのかを確認しておく必要があると思います。
 渡辺さんは、四国の急峻な斜面の地、スキー場のゲレンデをどんどん上がっていくような標高800mの土地で農業をされています。経済的に農業をやろうと 思えばだれもやらない、私たちでもやらないと思う位のところで農業をされています。
 渡辺さんから、なぜあそこで農業をやられているのか、非常に素朴な質問ですがお話し願います。

渡辺さん
 中学校は90人で3クラスの学校でしたが、社会科の授業などで自動車はアメリカは1人1台、日本は36人に1台というように、皆がアメリカに追いつくことを目標にきたわけです。
 そのためには、便利さと高所得を求めて山村を皆出て行って、私はたまたま残ったわけです。
 その時に文化生活や文化住宅など「文化」という言葉が使われ出して、田舎で農業やるよりは都会でネクタイ締めて働いていた方が文化人だという価値観が ずっとそれから作られてきて、皆出て行ったという面があったと思います。
 私は、こんな人間的に良い環境で生活出来るのが本当にすばらしいんだということを自分自身も納得し、他の人にも認めてもらいたいというのが今もエネルギーになっています。
ログハウスを建てて、小さな牧場ですがミルクを出したり焼き肉を出したり、年間100日位しか開けない登山者相手のレストランをやったりしています。
 いろいろな動物も飼っていますし、お店に来た時に山の中腹にある光景から、まるでスイスのような風景だ、心の洗濯ができた、と言ってくれるお客さんもい ます。人はそう見てくれますが自分はなかなかそう見えず、自分としては葛藤があります。
 本当は、すばらしいところはここなんだと言うところを社会に認めさせたいというのが、山村の中で生きている私のエネルギーになっています。

佛田
 吉本さんにお伺いしますが、国は農業に従事する人が少なくなっている中で農業者を育てようとしているわけですが、素朴に農業者はこういう農業者であるべきということについてご意見をお願いします。

吉本課長
 今は、農業者として生まれると言うことはないわけですので、農家の方であれ外の方はもちろんのこと、職業として選択して農業者になるということだと思い ます。その時に、どういう人が農業者になるのかと考えると、農業に魅力を感じ、面白いと思う、あるいはやっていて感動を覚える、誇りを持つという人、要す るに農業をやることが好きでそれに誇りを持てる人であるべきだと思います。
それに加え、日本の農業を取り巻く環境を考えると、それとは相反する側面があるかもしれませんが、やはり一つの産業として経済的合理性、競争力も併せて備える必要があると思います。
 農業をビジネスとして成功させていく、それぞれのオリジナリティを発揮した農業を作り上げていくということに魅力を感じ、かつ、そのために必要な知識、技術、素養を蓄えていくことが必要だと思います。

佛田
 林学長は、どういう農業者であったらいいかとお考えですか。

林学長
 農業・農村・農民を分けてはいけないことになっていますし、農民だけを分けて話をするのは無理だと思います。
このような関係から見ると、農民の機能も農村の機能からみて考えたほうがいいと思います。農村の機能から見ると、農村は生産機能から住む機能、文化的な機 能、休憩的な機能ももっていますし、だんだん変わりつつあると思います。
 この様な社会環境から韓国農業専門学校の卒業生が農村に定着していけば、最も理想的な農民になると思います。
 まず、私の学校の卒業生が国際社会で競争力ある農業者としての役割を努めていってほしいです。
 健康で親環境(有機農業)的な農産物を作って、国際競争力を整えることが重要だと思います。
 2番目は、農業と農村のリーダーとしての機能です。
韓国の農村では40歳以下の農業経営者は3%位しかおらず、高齢者が多くなってしまいました。このため、韓国農業専門学校の卒業生が農村社会でリーダーと しての役割を果たすように教育しています。これから卒業生等が町長、議長、国会議員などを務めて、実際に農業政策を作る人になると思います。
 私たちも、生産から社会の指導者になるような教育課程を作っていますし、卒業生がリーダーにるのを目指しています。
 3番目は、農業経営者としての役割です。
 農業は生産だけではなく、加工、流通も併せた一つの産業になりつつあります。
 小麦を例に出すと、穀物で売ったら1円、粉にしたら10円、パンを作れば100円儲かる、またパンを地域で売れば1,000円儲かるというようなものです。
 昨日成田空港に着いて佛田会長に卒業生のところを案内していただき、千葉県の和郷園を視察させてもらいましたが、そこからも同じ感じを得ました。
 そういった意味では、私たちの学校も農業生産者ではなくて企業経営者を育てるために変わりたいと思います。
 最も大事なことは、農業者達が自ら犠牲的精神、開拓的精神を持ってやっていくことだと思います。

佛田
 次に、こういう農業者であるべきという議論から、国や地方行政が進める農業者教育はどうあるべきか、また、非農家出身者が農業につくことが多くなってき ましたが、どのように教育をしたらよいのかということについて議論していきたいと思います。
 また、津野先生のFAXにもありましたが、環境に適応した営農形態にたどり着いて、普通の人としての活路を発見する、津野先生の著書に「小さな農業」と いう本がありますが、一握りの有能な農業者を育てることは大切だと思いますが、一方でそれ以外の人達をどのようにするのかということについて、そのような 中でどのように人を育てていくのかということが重要な問題だと思います。
 その辺りについて、話を進めていきたいと思います。
 私の集落も40戸位あって兼業農家の方がいっぱいいます。集落の中に帰れば一人の農家の息子でしかないわけで、経営的な問題は別にして、集落の機能なり 社会をどう成立させるかと言うことについて極めてこういう状況になっているときこそ重要な問題になっていると思います。
 昔は40戸あれば皆同じ面積で米を作って対等な関係にありましたが、今は一人の大きな経営と残りの小さな兼業経営です。それらがどのように社会を構成し ていけばいいか、また、農業に対して関わっていけばいいのでしょうか。
 渡辺さんの地域では一握りの農業者が農業全体を進めていくことが果たしてどういうことになるのか、その辺りについてはどのようにお考えでしょうか。

渡辺さん
 大豊町は、昭和30年代には24,000人いましたが今は5,000人弱となり、高齢化率は50%以上で日本の中でも最も高齢化・過疎化した町です。
 大規模で農業をやっている人はおらず、我々の年代で多少農業をやっている人が10人位です。
 現状の日本の大規模流通の中で、山村で営む農業は流通業界のすき間で生き延びています。
 基本的には、土地利用型農業では外国と競争しても太刀打ちできないと思っています。
 我々が営む農業は、日本の側面的な部分で生き延びているという面と、知恵を出し工夫して農業をやっている人が生き延びているというところです。
 他の地域は法人化して集約しているところもあると思いますが、私の地域では大規模にやることは考えられません。

佛田
 会場からご意見を伺いたいのですが。

牧山さん(会場から)
 10期生の牧山です。群馬県長野原町で酪農をしています。
 農水省から新しい担い手対策が出されましたが、これはいかに現場のことをよく知らない人達が立てた計画だなと身にしみています。
 私の集落は20戸です。しかし担い手対策で対象になれるのは私だけです。あとの人はほとんどが高齢であったり、耕作面積が4haにはとても届かない人ばかりです。
 条件の良い土地は認定農業者や大きな農家が既に使っており、残った土地は条件不利地域です。そこを政府の補助金の対象にする集落営農で組織するのは夢のまた夢です。簡単に言えば切り捨ての政策であると思います。
 農水省が考えている担い手と我々が日々生活をしながら一緒に農村や環境を守っている立場の担い手とは全くずれているのが原因だと思います。
 この点について、国としての将来の農業に対する考えの違いが出ているのだと思います。
 お聞きしたいのは、農水省が考えている将来の農業の行方、どのようにしたいのかということと、韓国の現状で将来戦略で持っている農業をどのように位置づ けて、例えば食料自給率をどのくらいにしたいのかということについてお伺いします。

吉本課長
 少し抽象的な言い方になるかもしれませんが、国際化の中で競争力のある強い農業を育てるという観点と、農村集落としての機能を維持していくという観点と両面を考えていかなければならないと思います。
 前者については、認定農業者の増大と集落営農の組織化の両面から進めようとしています。

佛田
 韓国ではどうでしょうか。
 
林学長
 質問のことについて私は詳しくわかりませんが、私の考えていることを話したいと思います。
 政府の農業政策と現場で動いている政策、それから現場で農業をやっている方々の農業に対しての考えは違います。
 韓国は経済を大事にして効率性中心の社会を作ってきました。その結果、農業を発展させてきませんでした。
 日本は近代化するのに100年以上長い時間をかけましたが、韓国は1970年代から30年弱で近代化されたので、あちこちに弊害が出ています。
 制限された社会の中で効率性をあまりにも重視してきたため、社会構成部分の中で多くのトラブルが発生しています。
 こういった問題解決のため、農業・農村に支援策をたくさん作ってていますが、それが足りるかどうかまだ分かりません。
 一番取り上げた政策として融資があります。他の金融機関より安くて使いやすい融資でしたが、経営面を考えずに取り入れた結果、農村がだめになる場合もあ りました。また、地方で力のある極く一部の人にたくさん貸して、実際使いたい人に回らないということもありました。
 農民を見ても政府に依存し過ぎて自立できないことも大きな問題です。
 1970年代から民主化される過程でストライキが多く発生し、社会問題になっています。
集団で行うデモで要求する話しが、法律より強いという考えを持っている人がいます。実際、政策も前後を考えずにたくさんの人達が集めて要求する通り作ってしまうこともあって問題になっています。
最近の残念なことですが、農民達のデモを警察が鎮圧するときに、農民2人が無くなってしまいました。その問題で警察総長が辞任するほど、あちこちで問題が起っています。
 農業政策が現場と離れたものが多いので、これから直してほしいと思います。

佛田
 農業者はどうあるべきかということで議論していますが、例えば水落さんのところは女性だけで農業法人を作っています。自分だけで経営しようと思えばいちいちそのようなことをしなくて言いと思いますが、その辺りについて水落さんからお話ししていただけますか。

水落さん(会場から)
 世の中が流れていっているわけですから、伝統的な農村社会を維持するのはもう無理で、それは仕方のないことだと思います。
 この国の将来を考えれば、農村にできるだけ人をおいて農業をしっかりやるのがまっとうな方法だと思いますが、現実にはそれが逆になっています。好むと好まざるとに関わらずそれはいたし方ないことです。
 その中で、農家としてできることは、そういう厳しい状況でありながら農村の中に眠っている資源を、今まで私たちが活用してこなかったかどうかを検証する ことです。私たちは、与えられた条件の中で身近にある資源をもっと使って、農村社会を維持していく必要があります。
 大木町は若い世代や女性の意見を聞くようにしようと取り組んでおり、よその地域よりも自分たちの農村資源を前面に出して、少なくとも3,000市町村の 中で最後に農業がつぶれる町にしようと思っています。そういう知恵は、出そうと思えば出せます。その一つの方法が、女性だけの農業法人や、20歳台の青年 の農業法人です。こういう仕掛けは他の農村でもできますが、日本農業をひっくり返すほどの方法ではありません。自分たちの農業が少しでも生きながらえる方 法です。しかし、それは農家にとって非常に意味のあることだと思います。

佛田
 伊藤さんは兼業農家も多い地域で、自分だけが農業を拡大するのではなく回りの方々と関わって米作りをしていますが、どのような考えで農業をされているのですか。

伊藤さん(会場から)
 私は、ファーマーズクラブ赤とんぼという組織で、米や野菜を作っています。 
 80人位いますが兼業農家が約半数です。年齢は21歳から80歳以上までいますが、私たちと一緒に活動してもらっています。
 特に水田は水のこともありますし、農村は一人では成り立ちません。
 自分だけで農業ができない中で、地域の農業の基盤をきちんと確保しながら農業を続けて行くには、みんなの力が必要です。
 国の担い手対策で面積要件とか出ていますが、地域の中ではなかなか受け入れられないところもあります。今農業やる方が少ないわけですが、これ以上農家を 減らして何の意味があるのでしょうか。私は意味はないと思います。
 兼業、専業の区別なく、その土地で農業を続ける人達と環境を含めてどうやって良い方向にもっていくかが、農村にいる若手も含めて農業やっている人の役目だと思っています。
 トヨタでも何でもそうですが、企業が収益を上げていることと農村がリンクしていません。例えば私たちがコンビニで買い物をすれば、2時間後にはその売り 上げは東京に来ているわけです。地方に金が落ちません。経済的なところを含めて農業は地域を考えざるを得ないし、その中でどうやっていくか答えを見つけざ るを得ません。
 今回のテーマである教育のことにかけて言えば、私は農業者大学校の教育で、農業と地域経済的なところの関係を考えるきっかけをもらったと思っています。
 農家は1戸だけで農家ではありません。人も組織もそうですが、都市の生活者ともきちんと向き合って付き合う必要もありますし、そういうところを含めて幅 広くやらなければならないと考えています。個でないのが農業の特質ですし、私たちの地域は雇用も余っていますし農家も減ってきています。その中で、女性の 方、若手の方をもう一度農業の産業の中にどうやって入れられるのかをきちんと考えたいと思っています。

佛田
 それでは少し話を進めていきたいと思いますが、農業者大学校はこれまでどのような役割を担ってきたのか、また、これから大きく変わる中でこれからどのような役割を担っていくべきでしょうか。
農業者大学校の意義とは何かということについて話し合いたいと思います。

徐教授
  私たちが1994年に韓国農業専門学校を作るときに、スイス、デンマーク、オランダ、アメリカ、日本などいろいろな国を回りました。その中で、日本の農業 者大学校はすばらしい制度を持っていたので、それを取り込んで私たちもやってみようということになりました。その一つが派遣実習です。 すばらしい制度を もっている学校だと思っていましたが、昨年2月、同窓会の関係者が韓国にいらっしゃった時、農業者大学校が廃止になるということを聞いて、大きな衝撃を受 けました。
 韓国の一般社会は日本にずいぶん追いついてきましたが、私は20年から30年後を追っていると考えていますので、20年後に私たちの学校もどうなってしまうのだろうかと深刻に考えなければならないと思いました。
 私も農村に生まれて育ちましたが、農民の一番の強点は自分の物を他人に分けてあげるという心があります。私たちが生き残るために、お互いに頑張らなければならないと思っています。
 この先どうなるかわかりませんが、今回をきっかけに、お互いいい農村を作っていったらいいと思います。

佛田
 渡辺さんは農業者大学校はどのような学校だと思いますか。

渡辺さん
  農水省が作った学校にしては農水省の政策を批判する講師も呼びましたし、いろいろな先生がいろいろな考えを述べていきました。私たちは、頭の中が混乱して しまいましたが、その中で実家の基盤は大小様々ですが、同じ立場にある者がいろいろ議論し合い、農業者として生きていく哲学が培われたと思います。
 そして、それぞれの地域のアイデアを活かした生き方をして、農村でいろいろユニークな生産活動をやってきているわけです。これは農水省の政策ではなく、 農業者大学校の教育が成果をあげてきたのだと思いますので、大成功であったと思います。
 この学校は、農業はいろいろ政策をやっても、教育が一番大事なんだということを東畑四郎先生が強く意識して作られました。その考え方は今もますます強く 持たなければなりませんし、重視していかなければいけないと思います。

佛田
 今回、農業者大学校はつくばに行くということですが、農業者大学校の役割は何だったのかということを私たちが考えて、分かりやすく社会に問いかけていくことが重要だと思います。
 農水省の方々も一生懸命やっていただいていて私たちも大変ご苦労かけていると思っていますが、農業者大学校のいい部分を引き継いでいくということについて、吉本さんのお考えをお聞かせいただければと思います。

吉本課長
 残念ながら今の形の独立行政法人農業者大学校は廃止になりますが、これまでの実績がいささかも否定されたわけではありません。
 農業者大学校の教育の実績評価をきちんとして、引き継ぐべきものは引き継いでいこうと思います。
 国立でできた学校としては珍しく自由な校風のなかで、同じ年代の方々が寝食を共にして、いろいろな考え方、ものの見方を培ってきましたし、それが各地域 に帰られていろいろな花を咲かせていると思います。卒業生1,000人のそれぞれユニークなストーリーがあると思いますし、私たちもいろいろな方々の記事 を拝見することがよくあります。
 新しい教育は平成20年度からスタートできればと思っています。それまでの間に、私たちもこれまでの評価・総括をきちんとしたいと思いますし、現に学ば れた卒業生からのいろいろな考えも伺っていきたいと思っています。

林学長
 農業者大学校は私たちがベンチマーキングした学校ですので、一言お話ししたいと思います。
 農業者大学校も韓国農業専門学校も、学問をやる農科大学と違い農業者を育てています。
 韓国でも最近、農業という言葉を大学が避けるようになっていて、自然生命学という名前に変えてきています。農業短期大学や農業経営の大学が産業系の大学 に変わりつつあり、私たちの学校を除いてはほとんど学問を教える学校に変わってしまいました。
 そういう意味で、農業者を育ててきた学校である農業者大学校が廃止になると聞いて、納得できませんでした。
 21世紀は変化にうまく対応しないと結局なくなってしまう社会ですから、変化に対応しなければならないと思います。
 本日、シンポジウムで吉本さんに説明していただき、農業者大学校は無くなるのではなく機能強化して新しく生まれ変わることになったと私は理解しましたので、満足しています。
 韓国にはいろいろな発展政策があって、韓国農業専門学校も移転し機能強化しなければなりませんので、それについて説明します。
 韓国農業専門学校では、正規の学科の他に創業育成、帰農者育成をしています。昨年、社会をリタイヤされた方を対象にして帰農教育を行い、受講者が多かっ たことは喜ばしいことでしたが、反面対応しにくいところがありました。
 農業人口は減っていますがそれは仕方がないと思っています。しかし、農村の人口は増やすことができますし、そういう方向でやっていきたいと思っています。
 2番目の機能強化については、産業、学問、研究を結びつけていこうとしています。
農業の場合も生産だけでなく他産業と結びついてベンチャー企業を作ったりして付加価値を高める方向にもっていく必要があります。
 私たちの学校では、創業保育センターというものを作ってやっています。現在、24の会社が入って保育を受けています。また、既に9つの会社が卒業して、すばらしい会社を作っています。
全国的な創業保育センターというものがいくつかありますが、その中で私たちの学校で保育を受けた会社が全国の中で1番目から4番目までになっています。
 韓国農業専門学校はソウルの近くの水原(スウォン)というところにありますが、首都圏にある国の機関を地方に移転する計画があり、全州(チョンジュ)と いうところに移転することになっています。韓国にある全ての中央農業関係機関が一か所にまとまり、そこで農業中心の都市を作ろうということになりました。 私たちも移転をきっかけにもう一層発展させようとする計画があります。規模は現在の6万坪から30万坪に拡大します。実習現場も十分確保できますし、企業 が入ってきて産業と研究と教育が一緒にできると思います。
 卒業生や学生のための加工企業も作って運営する計画もあります。
 農業者大学校もつくばに引っ越しする計画があるようですから、参考になるのであれば韓国の移転計画も見ていただいて、拡大していってほしいと思います。
特に、試験研究機関の付属機関として教育機関が入ってくるのはだめだと思います。私たちも近くにある農村振興庁の試験研究機関の施設や設備を共同で使う計画で、学校の中にはあまり施設をつくりませんでした。 原則としては一緒に共同で使うということになっていますが、研究のためにセッティングされているものを教育のために使うのは不可能です。
 農業者教育は、中央政府が責任を持って行うべきだと思います。
 韓国農業専門学校の予算は140億ウォン位で、その内教育のために使える予算は70億ウォン位しかありません。
 70億ウォン位は、研究者がやっている一つのプロジェクトの予算位で、これだけの金でうまく教育がやれるわけですから、韓国の政策の中で一番すばらしい政策だと思っています。
農業後継者を育成するための教育に使うお金が一番効率的な国家予算の使い方だと思います。

佛田
 時間も残り30分位となりましたので、会場の皆さんからご意見を伺いたいと思います。

川崎さん(会場から)
 国際農業者交流協会の川崎です。
 林学長から韓国の話を伺い、非常にすばらしいと思いましたし、韓国の農民にとっても心強く感じるのではないかと思います。
ただ一つだけ申しますと、タイトルにある国際農業者教育と書いてありますとおり、韓国農業専門学校が新しい学校になった時に、韓国の農業者ばかりでなく、 アジアやいろいろな国の農業者の教育に貢献できるかもしれないと思いました。
 ひるがえって、日本のことについてお話しします。
 農業者大学校は今まで人材育成という意味では非常に大きな貢献があったということについては同感です。農業者大学校の廃止は本日初めて聞きました。一つ の次代を超えて次のステップに移行するということですが、非常に驚きました。それは私も農家の息子だからです。
 40数年前に大学に入る時に、父親はいつも言っていました。農業というのはなんでこんなにいつも金にならないのかと。どうしたらいいのか農林省に行って 考えてこいと言われて、農林省に入りましたが答は出ませんでした。
 そのせいかどうかわかりませんが、外国に行く機会が多くありました。アメリカ、ヨーロッパ、アジアに行きましたがそこで感じたことはただ一つです。日本 の農業や農政は日本だけでは決められないということです。外国でどうなっているのかを考えながらやらないと、いくら自分達だけでこうしたいと言ってもでき ません。
 農水省は、外国の農業とどう向き合って日本の農業がいいかたちでしっかり役割を果たせるようにしたらいいかについて、100%エネルギーを使っていると思います。
しかし、なかなかうまくいきません。それが皆さんの焦りになっているだと思います。
 新しい農業者教育には、国際的視野の醸成が必要だと思います。農民は日本にだけいるわけではありません。外国の農民と交流したり意見交換できる視点を取 りいれて、世界の農業はどうなっているのか、どう対応したらいいのかも考えられるような農業教育ができないものかと考えています。

 
福田さん(会場から)
 福田と申します。韓国では、WTOが設立されたときにその履行に関する特別法が制定され、その中で経済主権の保証ということが述べられています。これは食料主権と同様の趣旨なのでしょうかお尋ねします。
 最近農林水産省は、優れた農業者の育成ということをよく言われます。しかし、育成するというのは少し傲慢で、国は諸条件を整備すれば農業者は自らの力で 立派な経営者になるものではないかと思います。見直し後の農業者大学校では、先端技術教育の強化をすると聞いております。私は今、稲作で人工衛星画像活用 の実証をやろうとしておりますが、難しい問題が沢山あります。
 やはり、先端技術そのものよりその基礎を重視すべきでなはいかと思いますがいかがでしょうか。

林学長
 先ほどの質問で、韓国でアジアの農民の教育が出来るかという質問がありましたが、現実的には無理だと思います。国家から支援をもらっているのは、韓国内で定着する農業者を育ててほしいという基本方針があるからで、今は非常に難しいと思います。
 しかし、それとは少し違いますが、中国の農民の教育をしたことはあります。それに、北朝鮮を支援しようとする動きもあります。
 韓国農業専門学校は、2012年に移転しますが、その時は国際化を進めていきたいと思います。
もう一度申し上げますと、私は農業は希望のある産業だと思っています。私は、時間が空いたときに卒業生の農場を訪問して、励ましたりいろいろな話をしたりしています。
この前、ある田舎に行ったとき、町の入り口にアメリカで博士号をとった人とソウル大学に入学した人の祝賀メッセージが書いているプランカードが立っていま した。卒業生にあのプランカードについてどう思うか聞いてみましたが、彼らは田舎に同じ年代の友達がいないので少し寂しいけど、うらやましいとは思ってい ないと言っていました。
 私の学校では毎週水曜日の午後に、営農教育とは違う別の時間を作っています。その時に 社会の著名人を招待し農業者としてのあり方、精神教育を含めた社会全般について教育を行っています。
韓国では、大学卒業した20歳代の若者達の半数が失業者になっている状況です。
韓国のある市役所で街を清掃する職員を募集したとき、大学や大学院を卒業した人がたくさん応募しています。そういった厳しい環境の中でも、私たちの卒業生の半数以上は大卒者の年俸の2倍以上の利益を上げています。
 10年位前はIMFの時代でしたが、その時の影響で近年は会社員は40歳代後半から50歳代で会社からクビになることが多くなりました。しかし、農業の 場合は、80歳以上でも自分に力がある限りずっと続けられますので、いい条件であると思います。また、韓国は土地の面積があまりにも少ないので、だんだん 値段が上がっていく傾向もあります。一般の企業では自分の資本はだんだん減っていくわけですが、農業の場合は土地がありますから、都市近郊では何もしなく ても15%以上は利益を上げることができるわけです。
 今は厳しいですが、これから10年位したら農業を選択して良かったということになると思っています。
 次に、食料主権についてお話しします。
 開放化は世界の中で避けられないことだと思います。
韓国の場合は、いろいろの農業団体がありますが、彼らは代案を示さず無条件的な反対をしています。現時点では、農民団体とか農民の圧力の影響で、政府の中 で話し合っていい政策を作るのではなく、仕方なく作る政策になってしまうのではないかと思います。
 食料主権というのは、私たちが話だけで出来るのではなく、それを守れる力をつけていった方がいいと思います。一人で農業は出来ませんし、競争力ある農民 を育つために、私たちは卒業生を地域別・作目別にネットワーク化していこうとしています。
 10年後位になったら、卒業生が食料主権を守れる団体や個人になっていると思います。

佛田
 会場からもう一つ質問があったと思います。いわゆる先端的農業技術教育とは何かと。これは総務省の独立行政法人評価委員会からもそのような話が出ていたと思います。吉本さんにお願いします。

吉本課長
 今の農業者大学校は、農業・生物系特定産業技術研究機構、農業工学研究所、食品総合研究所の3つの試験研究法人と一緒になって新しい法人が出来ると言うことになります。
 そこでの研究の成果なり研究者の方々の交流も新しい教育内容の一つとしてプラスすることができると考えています。
 具体的にどういう技術が学生に馴染むかは、これから農研機構とよく詰めていかなければならないと思っています。イメージとしては、開発された先端的な技 術がただちに自分の栽培作物に役立つことは少ないと思いますが、最先端の技術の開発シーズがどういうところからでてきて、どういう形で研究開発されて、現 場につながっていくのかという過程を見ることが有用だと思います。
 また、そういうことを通じて研究者とのパイプを持つと言うことは、卒業後も農業をやる上で役立つもの考えています。

佛田
 時間も押し詰まっていますが、会場からご意見ありますか。

峯村さん(会場から)
 1期生の峯村です。
 お話しの中で感銘を受けたのは、農業と農村と農民を分けて考えられないものである、一体であると明確にお話しいただいたことです。その認識が農業者教育 の中で一番肝心な部分だと思います。つまり、研究者や学者がいくら言ってもダメだと思います。実際農業をやる人間というのはどういう風にして育成して教育 したらいいのか、いかに難しいか、大事かというところから農業者大学校は始まったと思います。なぜかと言いますと、農業には農業生産とか地域経済とかとい う言葉がありますし、農村には農村文化とか過去の問題とかがあります。農民には農民文化とか農民芸術とかさまざまなことがあるわけです。それらを分けない でどのようにしたらいいのかが一番の問題であるし一番重要なことです。私たちが学んだ東畑四郎先生を始め石川武男先生などの先生は農業と農村に愛情を持っ ていました。こうやれば儲かると言うことをいくら言っても学校教育の中では伝わりません。どうやって伝えるかと言えば、農業の問題とかそこにある農村文 化、民謡の話とか農民文学とかさまざまなことを一緒に教える必要があります。私たちは、大関松太郎さんの農民詩を教わりました。それがなければ、急峻な山 間地でなぜ渡辺さんが農業をやるのかという答えが出るはずがありません。
 このことをきちんと危機感を持った中で、韓国の方々も頑張っていただきたいと思います。
 また、私はいろいろな農民交流が大事だと思いますし、転換的であろうとなんであろうと、そういう教育をやってどれほど百姓が育つかと言うことだと思いま す。是非頑張っていただいて、私たちも頑張っていきたいと思います。

徐教授
 私は白書を作るような仕事ではなく、実際学生と体をぶつけながら教育に当たっていますが、そうした面から私の感じていることをお話ししたいと思います。
 農業と農村と農民の3つは本来分けられないものですが、実際は分けられてしまいました。私たちの学校に入ってくる学生は、正直言いますとソウル大学など のすばらしい大学に入れなかった者が多かったわけです。最近になってもう少しレベルは上がりましたが、彼らにどうやって農業や農民の精神を教えられるかと ても悩んだこともありました。結局今では、自分の持っているものを少し周辺の人達に分けてあげて、それでみんなで一緒に生き残るのが大事だと教えていま す。そういう一緒に生き残っていく社会を作れば、その問題は例えば100万円儲かるとか10万円儲かるとかというお金の問題ではありませんから、共に生き ていく社会が作られると思います。

佛田
 その他にありますか。

牧山さん(会場から)
 今日は、非常に私にとっては衝撃的な感想ですが、10年前は我々の農業者大学校がモデルであったのですが、今は韓国農業専門学校がモデルではないかと思います。。
 農業者大学校は廃止になって次に農水省が考えている学校に引き継がれますが、韓国は我々が10年前にやっていたことよりもっと進化して、なお発展しようする学校として取り組んでいます。
 新しい学校は、これを参考にして取り組んでいただきたいと思います。

林学長
 皆さん最後まで席を離れずに真剣にシンポジウムに参加していただき、すばらしいと思います。
 私は、農業ではなく社会開発、都市と農村が豊かに生きていくための地域づくりが専門で、江陵(カンヌン)大学で総長を勤めていましたが、政府からの要請 で韓国農業専門学校に赴任し、まもなく2年になります。また、大統領直属の地域発展委員会の委員や、政府与党の中で地域発展のために諮問する役割も務めて います。
 韓国の場合は、ソウル市内また、周辺にある270位の行政機関を地方に分散する計画が進められています。
しかし、都市と農村の差をどうやって縮めるかということについての政策はまだ行われていません。そして、卒業生が一人ひとり地方に定着すれば、自然に共に均衡ある発展ができると思い満足しています。
 私の学長としての任期は3年ですので、学校の移転計画と発展計画を組み立ててはっきりした上で元の大学に戻りたいと思います。
 1年目は学校の長期改革案を作り、2年目は移転計画を作りました。来年は私たちの学校ができて10年目になります。それを迎えて、今まで目につかなかっ たところを改革していこうと思います。しかし、私たちの学校の発展計画は日本とかなり環境が違いますので、それを直接日本で活用するのは無理だと思いま す。
 日本の場合は昔から地方自治体もありますが、韓国は大統領中心制です。日本は農業者教育も地方にたくさんあると思います。韓国農業専門学校が生まれる きっかけになった農業者大学校がこれからももっと発展して行ったらいいなと思いますし、そのためにお互い一生懸命やりたいと思います。
 また、日本の農業に対する技術はすばらしいと思っています。私たちは、今は北海道に学生を派遣実習のために送っていますが、そういう機会を拡大していた だければ、お互いの農業の発展のためにいいのではないかと考えています。
 ここに集まっている皆さんが力を合わせて、一人ずつ私たちの学生を受け入れてもらって教育していただければ、すばらしい学校になると確信しています。よろしくお願いします。

佛田
 時間ももう回っていますので、林学長はこれでまとめということで、吉本さんから一言お願いします。

吉本課長
  今日は国際農業者教育シンポジウムという名前にふさわしく韓国のすばらしい取り組みを紹介していただきましたし、私ども大変学ぶところが多く、かつ、これ から新しい教育内容を考えていく時期でもありますので、大いに参考にしていきたいですし、今後とも情報交換させていただけたらと思っています。
 今日はテーマも盛りたくさんでしたし言い落としたこともたくさんあるような気がします。
 全ての農業者の力をどう高めていくかということで私ども研修教育を考えているわけですが、その中で国が直接やれる部分は極くわずかで、地方自治体、それ ぞれの農家の方々、NPO法人などとうまく連携しながらやっていきたいと思います。
 農民と農村が一体であるという先ほどのお話しはまさにその通りですが、農民がはじめから農村にいると言うことではなくて、いろいろなところから入ってく る時代ですので、そういったルートに合わせた研修教育を考えていこうと思っています。
 そういった中で、現場の農業者の方々が地域に新しく入ってくる人材を育成する機能は重要であり、皆様のお力をいただくこともお願いしまして締めくくりの言葉とさせていただきます。

渡辺さん
 私は今、社会が直面している大きな課題は、食べ物の問題と環境の問題と、どんな目的を持って人生を送るかという問題だと思っています。
 それを一つ一つ考えていきますと、食べ物については安全なものを作ることだと思います。生活習慣病などいろいろなことが起きるのは食べ物からくる影響が大きいですので、農業は国民的な貢献を果たすものだと思います。
 環境ということからも、農業はエコロジーの中で自然に働きかけてそれを守っていく職業だと思います。
 そして、どういう目的を持った人生を送るかということについては、社会の中で大きく問われています。そういう3つの課題に対しきちっとした形で役割を 担っていけるのは、国民にとっても大きな利益につながるんだと言うこと社会的に認めてもらえるような活動を我々はしていかなければならないと思います。そ れが私たち農業者の一番の問題になりますが、農業はどうあるべきかという私の答えであります。

佛田
 最後に一言まとめをさせていただきます。
 最初に申し上げましたような状況にあって、将来を切り拓いていく農業人とはどうあるべきかということをテーマにお話しをしました。
 議論は、非常に拡散してしまいましたが、少なくとも今回韓国の林学長のお話を聞けたこと、そして、吉本課長に同席していただき意見をいただいたこと、ま た、渡辺さんの日頃からの農業人としての取り組みをお話しいただいたことによって、議論ができたのではないかと思います。
 非常に印象に残ったのは、農業と農村と農民を切り離して考えることはできないという言葉です。つまり、我々は、現実の生活の中では非常に狭い領域や物事 にとらわれがちで、そのことにしばられながら物事を考え行っている現実があります。こと非常に長い歴史の中で培ってきた農業・農村を考えるときに、もう少 し考え方を広げて、つまり人間は社会の一員であって、社会とはどんなものであるのか、また、自然環境とはどのようなものであるのか、また、人間が生きるこ とはどういうことなのかということを踏まえつつ農業に関わっていくべきではないかと思います。
 そうした意味では、農業者大学校が今回つくばに行くことに関しまして、農業者大学校同窓会としてもまだまだ是々非々の考え方、スタンスを持ちながら、か といって日本の農業・農村・農民がすばらしい社会の中で農業ができることを願うためにはどのような農業者教育であるべきかということを考えなければならな いと思っています。そうした意味で本日のお話しは皆様の中にどのように受けとめられたかそれぞれあると思いますが、同窓会としてはまた新たな一歩を考える 機会になったのではないかと思っています。
 農業者大学校をベンチマーキングした国立韓国農業専門学校の取り組みがどのような考え方に基づいて行われているか、学ぶべきことがたくさんあったと思います。
 本日は、韓国からお越しいただきました林学長、徐教授、通訳をしていただいた椛山先生、吉本課長、渡辺さんについては大変ありがとうございました。

農業者大学校

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このブログ記事について

このページは、農業者大学校同窓会が2008年12月25日 15:48に書いたブログ記事です。

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